DMTea Ceremony Case

アヤワスカ茶が争われている最初の裁判

南方録 ー回想ー  

「私は旅や探検家が嫌いだ。それなのに、いま私はこうして自分の探検旅行のことを語ろうとしている」[*1]ーよく知られた『悲しき熱帯』の冒頭部分だが、私も同感である。

アマゾンのジャングルの原住民が、地上最強の幻覚植物を飲んで呪術戦を繰り広げているだとか、そういう話で人を面白がらせたいとは思わない。

この小論は裁判記録である。だから私はここで、自分が何者であるのかについて、必要最低限しか書かない[*2]

ペルー

私は日本の京都大学で生物学を、東京大学で人類学を学んだ後、2000年に、ペルー・アマゾンのプカルパ市にある、ウスコ・アヤール絵画学校に住み込み、元クランデロのメスティソ画家、パブロ・アマリンゴに師事し、アクリル画を学んだ。

さらに、2001年にかけて、プカルパ市の郊外に作られた、先住民シピボのサンフランシスコ村にに向かい、クランデラ、ウナヤ・フスティナの息子となり、シピボのコスモロジーを学んだ。アヤワスカという薬草茶が見せてくれた精霊の世界に深く魅せられた。

ブラジル

2004年には、ブラジル南部、パラナ州クリチバのベゼッハ・ヂ・メネゼス大学で客員研究員として過ごした。私を招聘してくれたのは、実験超心理学研究室のファビオ・エドワルド・ダ・シルバと、心理生物物理学研究所の日系人、ヘジナルド・ヒラオカだった。パラナ州には日系人が多く、神戸港から日系人たちを送り出した兵庫県は、パラナ州と姉妹県協定を結んでいる。

クリチバ滞在中には、大学の同僚であった、シベーリ・ピラトーと、ヘジナルド・ヒラオカに誘われて、郊外の森の中に建てられた、サント・ダイミ教会(セバスチャン折衷派[*3])のパラナ分教会に通った。礼拝は、月に二回、新月の晩と、満月の晩に行われていた。ウンバンダやカンドンブレの儀礼、先住民グアラニのマテ茶会にも足を伸ばした。

UDVの門も二度叩いたが、二度断られた。UDVは規律正しい組織で、見学に行きたいという理由では参加させてもらえなかった。

セバスチャン折衷派のダイミスタたちはオープンだった。会員になる必要はなかったが、最初に礼拝に参加するときには、書類にサインする必要があった。キリスト教徒である必要はないが、信仰する宗教を書く必要があった。私は特定の宗教を信じていないが、じつは、大半の日本人もそうである。だから少し迷ったが、その欄には「Zen」と書いた。日本人だから禅仏教と書けば、理解されやすい。しかし実際、私は禅仏教や、京都学派の哲学に関心を寄せていた。礼拝に参加する目的の欄には「自己を観ること」と記入した。

じっさい、ブラジルの都市のダイミスタたちの間では、礼拝の目的が、キリスト教への信仰に加えて、自己を観るという方向に向かっていた。仏教やインド哲学への関心が広がっていた。パラナ州の分教会は、ハレ・クリシュナと習合していた。礼拝中の聖歌が、ポルトガル語から、急にサンスクリットに変わったりするのにも驚いたものである。

ブラジルでは、アヤワスカ茶は、政府に認可された宗教法人の、教会の建物の内部でのみ、合法的に使用できると定められていた。一度だけ、礼拝の途中で吐き気に耐えられなくなり、白いスーツを着た係員に抱えられながら、屋外にあるトイレに連れて行ってもらった。その時に見上げた星空に、無限を見た。ブラジル滞在中で、もっとも畏怖すべき体験だった。パスカルが『パンセ』に書きたかったのは、これだったのかもしれない。

帰国してから、私は東京の明治大学に新設された新学部に赴任し、人類学を教えている。



CE2021/03/15 JST 作成
CE2021/03/16 JST 最終更新
蛭川立

*1:Je hais les voyages et les explorateurs. Et voici que je m'apprête à raconter mes expéditions. レヴィ=ストロース川田順三(訳)『悲しき熱帯(Ⅰ)』中央公論社, 4. I hate travelling and explorers. Yet here I am proposing to tell the stories of my expeditions. 1973, John & Doreen Weightman (trans.), Tristes Tropiques, 2011

*2:詳細、とくにペルーでの体験は、拙著『彼岸の時間』

彼岸の時間―“意識”の人類学

彼岸の時間―“意識”の人類学

  • 作者:蛭川 立
  • 発売日: 2009/05/20
  • メディア: 単行本
と『精神の星座』
精神の星座 (内宇宙飛行士の迷走録)

精神の星座 (内宇宙飛行士の迷走録)

  • 作者:蛭川立
  • 発売日: 2011/07/23
  • メディア: 単行本
を参照されたい。ブラジルでの体験は、これらの著書には、詳しく書かなかったので、ここで補っておく。

*3:Centro Eclético da Fluente Luz Universal Raimundo Irineu Serra (CEFLURIS)