DMTea Ceremony Case

アヤワスカ茶が争われている最初の裁判

菩薩 —初公判ー (改訂版)

京都。

西暦2020年、仏暦2563年、6月8日。

京都地方裁判所は、京都御所の南門のはす向かいに建てられている。六月だというのに、気温は三十度を超えている。



手荷物検査を受け、裁判所に入る。
 
法廷内では、録音が禁じられている。

裁判長が開廷を宣言した。

裁判長は、温厚そうな初老の紳士であった。

検察官が冒頭陳述を行った。

検察官は、スーツを着た、四十台ぐらいの男性だった。

「被告人は、かねてより青井堂という事業主名及び青井硝子という筆名を用いてイ ンターネットサイト「薬草協会」を運営していた。同サイトを通じ、DMTを含有 するアカシア・コンフサ根樹皮 に クエン酸及び砂糖等を混ぜた「Medi-Tea」と称する商品を販売した。DMTは麻薬及び向精神薬取締法法条1号、別表第1の75号、政令1条41号規定の「麻薬」 であり、DMTを含有する物も原則として「麻薬」である。ただし、法2条1号、別表第1の76号口規定の、麻薬原料植物以外の植物」は「麻薬」にあたらない。

被告人は、令和元年7月3日頃、前記サイトを通じて、大学生から「Medi-Tea」一式の注文及び代金の支払いを受けた。被告人は、大学生が購入した「Medi-Tea」を原材料としてDMTを含有する水溶液、すなわちDMT含有水溶液を製造し、これを施用することを知りながら、同月4日頃、大学生に対し、「Medi-Tea」一式のほか、DMT含有水溶液を製造する方法等を記載した「図解!うまくいく清澄方法」等記載の書面を発送した。大学生は、同日頃から同月16日までの間に、被告人が発送した「Medi-Tea」等を同人方で受領し、同日から同月17日までの間に、書面に従って、DMT含有水溶液約600ミリリットルを製造した。

そして大学生は、同月23日頃、京都府内の同人方において、友人と一緒に、前記DMT含有水溶液の一部を飲用し、麻薬を施用した。前記友人は、間もなくして大学生が手足をばたつかせるなどして苦しみだしたことから、救急車を呼んだ。同月24日、警察官が、大学生の搬送先の病院に保管されていた尿を差押えた。鑑定の結果、大学生の尿からDMTが検出された。大学生が「Medi-Tea」等の注文先がインターネットサイト「薬草協会」である旨捜査機関に述べたことなどから、麻薬の製造及び施用の幇助が発覚した。

被告人は、令和2年3月3日、三重県内の被告人方において、DMT含有水溶液在中のティーカップ1個及びペットボトル3本を冷凍庫に入れて保管して所持していた。警察官が、同年3月3日、前記2事件につき発付を受けた捜索差押許可状に基づいて、被告人方における捜索差押えを実施したことから、本件犯行、すなわち麻薬の所持が発覚した。鑑定の結果、被告人が所持していたDMT含有水溶液の量は、合計約858. 774グラムであった」

弁護人が意見陳述を行った。

弁護人のほうは、新進気鋭といった雰囲気の男性であった。

「検察官はアカシア・コンフサ、および、ミモザ・テヌイフローラから点てられた茶は、麻薬であるDMTの水溶液であると主張する。しかし、茶は、麻薬及び向精神薬取締法、別表第一、七十六号、ロ、が、麻薬の定義から除外している、麻薬原料植物以外の植物、及びその一部分である。

かりに、DMTを含有する水溶液を「麻薬」とするなら、DMTを含む植物の水溶液、たとえば萩茶やオレンジジュース、あるいは人間の体液も麻薬となる。これらが麻薬ではないのに、被告人が点てたお茶だけを麻薬だとするのは、明確性の原則に反し、また憲法三十一条の罪刑法定主義に反する。従って、被告人を処罰するのは違憲である。

DMTは、1971年麻薬取締条約において、国際的な統制下に置かれている。そして、日本は、この国際条約を批准している。また、2001年、オランダで、サント・ダイミが訴訟を起こしたときに、国際麻薬統制委員会は、DMTを含有する植物、及び茶は、国際的な統制下にはない、という見解を示している。検察官が、この、国際麻薬統制委員会の見解を改めるべきだと考えるのであれば、その根拠を示すべきである。

被告人が点てた茶は、アヤワスカ茶という、アマゾンの先住民族が宗教儀礼に用いてきたお茶と性質が同じであり、アヤワスカ茶は、ペルー共和国の国家遺産である。かりに、被告人が点てたお茶が麻薬に該当するとしても、茶会とは、真摯な宗教行為である。これは刑法三十五条が定める正当行為であり、違法性は阻却される」

次に、裁判長は、被告人に、罪状認否を求めた。

「あなたには、黙秘権があります。あなたは、言いたいことを言わない権利があります。しかし、あなたが言ったことは、すべて裁判の証拠となります。以上のことを、理解しましたか」

「はい。理解しました」

被告人は、見たところ、二十代後半ぐらいだろうか。麻薬の売人というよりは、まるで漫画の世界から出てきたような、眼鏡をかけた、細身のオタク青年だった。

彼は、静かに立ち上がった。

公訴事実のうち、私がインターネットサイト「薬草協会(ADEM: Associação das Ervas Médicas)」を運営していたことは、認めます。

大学生が、DMTを含有するアカシア・コンフサ根樹皮に湯を加えて茶を点てたかどうか、その茶を飲用したかどうかは、直接見ていないので、わかりません。

ただし、この方法で点てられ、飲用された茶が、「麻薬であるDMTを含有する水溶液」であるという点は、争います。アカシア茶は、麻薬ではありま せん。

第二に、私が令和2年3月3日、自宅において、水溶液約858.774グラムを所持した点は認めます。

ただし、水溶液が麻薬であるDMTを含有する水溶液であることは、争います。

これは刑事裁判だ。争うと言い切ることは、罪状を認めない、反省しない、ということである。その先にある判決には、執行猶予はない。無罪か、実刑しかない。異例の事件である。

どこか生きづらく、救われたい、しかし、原因も方法も分からない。そういう人たちが、暗中模索するうちに、正体不明の危険ドラッグにたどり着いた結果、薬物濫用が起こる。私は、そう捉えています。

しかし、私は、無害で、しっかり酔えて、違法でもない、アヤワスカ茶というものを発見し、これを広める運動を始めました。これは、薬物を濫用する人に対しては、ハームリダクションとして、薬物を求める人に対しては、フールプルーフとして、有効に機能するのです。

アヤワスカというお茶は、南アメリカ先住民族が、彼らの自然宗教の伝統の中で使用してきたものです。それは、茶を飲み、変性意識状態を能動的にコントロールし、精霊と対話し、世界のありかたを再認識し、精神を癒やすというアートです。

私じしんも、このようなアートによって救われました。救いを求めて救われた者は、また他者を救います。そうして救われた他者は、さらに別の他者を救います。

これが、仏教が説く、ボーディサットヴァ、菩薩の慈悲です。この心の実践が「薬草協会」の活動として、花開き、実を結んできました。これは、生きづらさに迷える人たちに正しい修行の道を説き、そうして生まれた慈悲の心を連鎖させるという運動です。

これが罪に問われるはずはありません。

罪状認否が終わり、被告人は着席した。

裁判長が、閉廷を宣言した。

被告人は手錠をかけられ、引っ張ればちぎれるような、細い白い糸に引かれて、法廷から、連れ去られた。

傍聴人の中から、藤色のブラウスを着こなした、やはり細身の女性が立ち上がった。そして、彼の後を追った。傍聴人は、傍聴席を隔てる柵を越えることはできない。

彼女は柵を両手で握りしめ、悔しそうに泣いた。



このように私は聞いた。


京都地方裁判所

CE2020/10/28 JST 作成
CE2021/03/21 JST 最終更新
蛭川立