DMTea Ceremony Case

アヤワスカ茶が争われている最初の裁判

平常無事 ーエピローグー

京都。西暦2020年、仏暦2563年9月22日。

私は今、京都の仮の宿で、この原稿を書いている。よそ者にとって、この街は長く住むところではない。

今日は秋分である。京都はまだ暑い。

日本では「暑さ寒さも彼岸まで」という。「彼岸」とは、秋分春分の日であり、この日に太陽は真西に沈む。このとき、西方にある、死者の住む光の世界、極楽浄土と、人間の世界が結ばれるという。「彼岸(pāram)」とは、もともと仏教用語で「川の向こう」という意味である。臨死体験者は、川の向こうに光り輝く世界があり、そこで祖先霊が暮らしていると報告する。

日本人は、物質世界を超越した世界に霊性を見出すインド仏教の論理を受容しつつも、植物が芽生えては枯れていく、四季の循環の中に霊的な真理を見出してきた。

かつて私が生物学を学んだ京都大学の近くにある、萩寺の萩供養に行ってきた。毎年、秋分の季節には、境内のヤマハギLespedeza bicolor)が、たくさんの小さな花を咲かせる。

8世紀の高僧行基は、大阪の淀川で、伝染病に倒れ、河原に打ち捨てられた犠牲者たちの姿を哀しみ、彼らが極楽に往生できるよう、ハギの花を手向けたという[*1]。これが、萩供養の始まりとされる。

仏教寺院の萩供養では、僧侶が来客に萩茶を振る舞う習慣がある。

京都の萩寺は、浄土宗の寺院である。千年前、平安時代の人々の間で、いよいよ死が近づいてきたときに、阿弥陀仏(amitābha(無限の光))の名前を唱えると、極楽に往生できるという信仰が広がった。

ヤマハギは、日本の伝統の中で、とくに女性の気分の落ち込みや目まいを癒やす薬草として伝統的に使用されてきた。DMT、エストロゲンに似たステロイド、あるいは、β-カルボリンなどの作用による効果ではないかという研究が進められている。

瀕死状態で低酸素状態になったとき、内因性DMTが大量に分泌され、σ-1受容体のアゴニストとして、神経細胞を保護し、細胞死を防ぐ。内因性DMTはまた、5-HT2A受容体のアゴニストとしても作用し、死にゆく人は光を体験する。

西洋科学における臨死体験の研究は、千年前の日本で先取りされていた。



裁判の行方は、さっぱりわからない。これから何ヶ月かかるのか、何年かかるのかも、わからない。今夜も、睡眠薬がないと眠れなさそうだ。

被告人は、相変わらず、無罪になれば、それで良し、有罪になれば、控訴する、それも良し、と言っている。平常無事[*2]。彼は、いつ会っても、楽しそうにしている。

唐末の禅僧雲門文偃は、悟りの境地を「日日是好日」という言葉で表現した[*3]。ようするに、毎日が良い日だ、という意味である。

暑い日は暑い。しかし、やがて、秋が来て、冬が来るだろう。寒い日は寒いだろう。



足下には床があり、床の下には地面があり、地面というのは地球であり、地面の下には地球の裏側がある。地球の裏側にはアマゾンの森がある。森の中に、たくさんの友人たちがいる。日本はいま、日が暮れて夜になったところだから、アマゾンの森には、夜が明けて朝がやってきたところだろう。
 
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